このコンミューン滞在中、この館のある田舎町で、バザール
が開かれた。出かけてみると、広場いっぱいに家具やら、器、
髪飾りに至るまで、乱雑に並べられている。何ということはない、
村人が、不要になったものを持ち寄っているのだった。しかし、
よく見ると、それは西洋アンティークの宝庫であった。買い付け
て日本に持って帰れば、一儲けできそうに思えた。現に日本の
知人で、西洋アンティークの店を出している者がいた。その店は
店主のセンスが良いせいか、かなり繁盛していた。しかしこの
素朴で、人のよさそうな当時の村人たちには、縁のないことに
思われた。
私は丹念に見て回った。ちょうど広場の中ほどの一段高い所に、
かっぷくのいい男が立って、しきりに何かわめきながら手に持った
木槌を振り回している。買い手が決まると、その木槌で樽を叩い
ては次の品物を取り上げ、また大声をあげるのだった
買い手は、気に入った物が見つかると手に取り、キズやコワレ
がないか、入念に調べていた。
そんな風景が私には心地良かった。一見、滑稽にも思えたが人々
はみな真剣だった。
私はふと、一台の古めかしい大きな鏡台の前に立ち止まった。
100年は経っているだろう、縁につる草の彫刻があり、引出し
のある前面は美しい曲線を画がいていた。
私は何気なく鏡の中の自分を見つめた。 そこには思いもよらぬ異様な光景あった。
鏡の中の背景に、大勢の村人がざわめいている。その金色の髪の
肌の白い群集の中に、黒い髪の、肌の黄ばんだ、瞳の黒い
人間が一人立っている。それはまぎれもない自分であった。
スウェーデンの人々の中に、日本人の自分が一人立っている。
異様にさえ見える東洋人が。一人立っている。
私は東洋人なのだ。日本人なのだ。そんなあたりまえのことを
なぜか今、まざまざと感じていた。
私は居たたまれないような感覚にとらわれて、その場を離れた。
誰も私を責める者など居る筈はなかった。むしろ歓迎されている
のかも知れないのに、私は逃げるように立ち去った。それは
私自信の問題だった。おそらく、自分を、肌や髪の色で意識した
ことなぞ全くなかった自身への、戸惑いであった。私は、これまで
自分が日本人だと意識したことは無かったのだ。頭では勿論
解っている。しかしそれはここで感じた、一種のショックとは質が
違っていた。
アニカは、わたしの長い黒髪を好んでさわりたがった。ブラシを
出しては、私の髪をよくといてくれた。
その度に、「ファンタスティック」と、ため息をつくように言った。
「今、ブルーに光った。あっ! 今、グリーンに光った!」と無邪気
にはしゃいだ。
そのブラシには、金の糸のようなアニカのブロンドの髪の毛と、
黒い私のそれとがからまりあっていた。それは異様なコントラスト
であった。
私はそのブラシのことをあらためて思い返した。
「そうだ、私は日本人なのだ。」私は何度もその言葉を心の中で
つぶやいた。
私の中に、ふっと、紀子のいる日本への郷愁がよぎって消えた。
つづく
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